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HINT / 共生のヒント

HELPFUL / お役立ち 2024.05.30
共生のヒント

労働安全衛生の
重要性と日本

 建設業にとって労働者の安全確保は最重要課題です。しかし、世界に目を向けると、労働安全衛生が行き届いているとは言えないのも事実。そんななか、日本は安全な就労環境を提供できる数少ない国であり、これは移住労働者にとって大きな魅力のひとつになります。今回は、そんな労働安全衛生の重要性について解説します。

弁護士法人 Global HR Strategy 代表社員弁護士 杉田 昌平 さん

弁護士法人 Global HR Strategy
代表社員弁護士
Shohei Sugita
杉田 昌平 さん

 弁護士(東京弁護士会)、入管届出済弁護士、社会保険労務士。慶應義塾大学大学院法務研究科特任講師、名古屋大学大学院法学研究科日本法研究教育センター(ベトナム)特任講師、ハノイ法科大学客員研究員、法律事務所勤務等を経て、現在、弁護士法人 Global HR Strategy 代表社員弁護士、独立行政法人国際協力機構国際協力専門員(外国人雇用/労働関係法令及び出入国管理関係法令)、慶應義塾大学大学院法務研究科・グローバル法研究所研究員。

はじめに

 毎日現場では危険予知活動(KY活動)を実施し、技能実習生や特定技能外国人を含めて、KY活動をされていることも多いと思います。
 皆さんのなかでは、ごく自然なこととなっている「労働安全衛生の重要性」ですが、これは国境を越えて働く移住労働者にとっても同じく重要です。ただし、移住労働者の世界では重要なものとして扱われていないことも少なくありません。
 今回は、労働安全衛生と特定技能外国人などを含む移住労働者に焦点を当て、そのなかでの日本の位置づけを見ていきたいと思います。

労働安全衛生の重要性

 1998年の国際労働機関(以下、ILO)総会で採択されたものとして「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言とそのフォローアップ」があり、そのなかでILO加盟国は4項目(中核的労働基準)についての尊重、促進、実現に向けた義務を負うとし、対応する8つの基本条約を未批准の場合でも、この原則の推進に向けて努めるべきとされてきました。
 そして、2022年6月に開催された第110回ILO総会で、この中核的労働基準に労働安全衛生に関するものとして「安全で健康的な労働環境を含めることに関する決議」が採択され、即時発効されました。これにより、「安全で健康的な労働環境」が中核的労働基準として追加され、それに対応する「職業上の安全及び健康(1981年、第155号)」および「職業上の安全及び健康促進枠組(2006年、第187号)」の2つの条約を含め、中核的労働基準は5分野10条約となっています。これらの中核的労働基準と対応する基本条約をまとめると、図1のとおりとなります。

図1 中核的労働基準と対応する基本条約

図1 中核的労働基準と対応する基本条約

 ILOの中核的労働基準は、ビジネスと人権の指導原則において企業が尊重すべきものであり、労働安全衛生は、労働者にとって人権のひとつであると言えます。
 日本でも、労働安全衛生法に基づき、事業場における労働安全衛生の確保が定められており、事業主・労働者の日々の努力により安全で健康を害さない、快適な職場環境の形成が促進されています。

移住労働者と労働安全衛生

 重要な労働安全衛生ですが、国境を越えて働く移住労働者にとって、労働安全衛生の確保は当たり前のことではありません。例として、2022年のサッカーワールドカップのカタール大会を挙げましょう。
 さまざまな国が大会への「ボイコット」を表明し、日本でも日経新聞で「カタールW杯、欧州で広がる抗議活動 人権侵害を懸念」(2022年10月25日)と報道されました。イギリス・ガーディアン紙の調査で、カタールでは10年間に6,500人以上の移住労働者が死亡したとされており、夏の酷暑にさらされる屋外での作業は、熱ストレスによって労働者が死亡する一因とされています。
 このとおり、移住労働者にとって、労働安全衛生が確保された労働環境で働くことは当たり前ではなく、反対に、労働安全衛生が確保されていない「危険」な職場で働かざるを得ないことも多々あります。これは、労働安全衛生が確保されていない国は1カ月程度の準備期間と10万円程度の費用で働きに行くことができるので、来月から親族に仕送りをする必要がある移住労働者にとっては「早くて・安くて・危険」な移動先を選択せざるを得ない事情もあります。
 また、移住労働者の出身国においても、労働安全衛生は十分に確保されているとは言い難い状況もあります。

写真1 海外では安全意識が低い現場も少なくない

写真1 海外では安全意識が低い現場も少なくない

 上の写真1はある国で撮影されたものです。ヘルメットやハーネスの着用をせずに作業しているのがわかります。
 このように、移住労働者の出身国においても、ヘルメットを着用しない、高所作業でハーネスを着用しないといった例が見られます。そのため、移住労働者にとって労働安全衛生が確保された環境で就労することは当然のことではなく、時にそうではない環境で働かなければならないことがあるのです。

労働安全衛生と日本

 労働安全衛生の状況を移住労働者との関係で俯瞰的に見てみると、日本の特徴も浮かび上がってくるものと思われます。
 日本では、2019年1月8日付の労働安全衛生規則の改正により厚生労働省から、「外国人労働者の労働災害発生状況」が公表されています。かかる統計から在留資格「技能実習」における労災の死亡件数を見ると、図2のとおりとなります。

図2 厚生労働省「外国人労働者の労働災害発生状況」より作成

図2 厚生労働省「外国人労働者の労働災害発生状況」より作成

 2022年を例にとりますと、労働災害による死亡は技能実習の在留資格の方については3名となっています。3名の尊い命が失われ、失われた命は二度と帰ってきませんので、数の多寡の問題ではないと思います。他方で、日本では移住労働者の労働災害についての数が把握できる状況にあることがわかります。このように、移住労働者の労働災害を1件1件把握できている国は、それほど多くないと思います。
 また、日本では、当たり前ではありますが、技能実習生もヘルメットを着用しますし、高所作業においてハーネスを着用するなど、日本人と比較して労働安全衛生に関する基準で下回ることはありません。KY活動を技能実習生や特定技能外国人と行うため、KY活動に用いることが多い日本語を重点的に教えているという雇用主もいます。
 日本は移住労働者にとって働くうえで「安全」な国であり、「安全」な職場が多く、「早くて・安くて・危険」な移動先が多い移住労働の世界にあっては、珍しい存在でしょう。
 昨今議論される「選ばれる国」という視点に立っても、日本が安全な就労環境を提供できる国であるというのは、移住労働者やその家族から見て大きな魅力のひとつになると思いますし、日本で身につけた労働安全衛生に関する技能は、出身国に戻ったとしても活用できる技能です。
 皆さんが日々取り組んでいる労働安全衛生は、日本が選ばれる国になるうえでも重要です。ぜひ、引き続き、安全で健康を害さない、快適な職場環境づくりを促進していただければと思います。ご安全に!